こんにちは。滋賀県草津市で創業50年以上の税理士事務所を経営している税理士の阪口倫造と申します。
freeeやマネーフォワードクラウドを使えば、銀行口座やクレジットカードと連携して取引が自動で仕訳になり、確定申告書までボタン一つで作成できます。この体験は非常に強力で、「これなら税理士に月額数万円払う意味がないのでは」と感じるのは自然なことだと思います。
実際、ツール自体の性能に不満はありません。データ連携やAI仕訳の精度は年々上がっていますし、単純な取引しかない事業者であれば、それだけで十分に運用できるケースもあります。僕も自分の事業の記帳にはfreee会計を利用しています。
問題は「ツールが仕訳を作ってくれること」と「その仕訳が税務的に正しいこと」は別物だという点です。freeeやMFは”入力を楽にする”ためのツールであり、”税法上の判断を代わりにしてくれる”わけではありません。この判断の部分を担う人がいないまま運用を続けると、本人が気づかないまま帳簿と税務がずれていき、数年後にまとめて表面化する——というのが、実際に相談を受ける中でよく見るパターンです。
この記事では、税理士をつけずに自分で記帳・申告している方に実際に起きた例をもとに、「なぜガチャガチャになるのか」の仕組みと、「税理士がいないことでどんな損失が起こり得るのか」を、できるだけ具体的に整理します。特定のサービスや税理士全般を否定する意図はなく、あくまで事実ベースでの整理です。
もくじ
Toggleなぜ「ガチャガチャ」になるのか
freeeやMFが自動でやってくれるのは、あくまで「明細を見て、それらしい勘定科目を推測して仕訳を作る」ところまでです。最近はAIエージェントが登場し、今後は以下の判断は、依然として使う人自身が行う必要があります。
1. 勘定科目・按分の判断はソフトが決めてくれない
- 自宅兼事務所の家賃や光熱費を、事業割合でどう按分するか
- 交際費・会議費・消耗品費のどれに当たるか、金額基準はどうか
- プライベートの支出が事業用口座に混ざったときの処理
AIの自動提案は「過去の類似取引」から推測しているだけなので、最初の数件を間違って登録すると、以降も同じ間違いが再生産され続けます。これが半年、1年と積み重なると、勘定科目ごとの残高が実態と大きくずれていきます。
2. 現金の管理が抜け落ちやすい
口座やカードは連携で自動記帳されますが、現金で支払った経費(現金仕入れ、小口の交通費など)はレシートを自分で入力しない限り帳簿に反映されません。逆に、私的に使った現金を事業の経費として計上してしまうケースもあります。
この結果、決算のときに「帳簿上の現金残高」と「実際の手元現金」が合わない、ひどい場合は帳簿上の現金がマイナスになる、という状態が起こります。現金がマイナスになるというのは会計的にありえない状態(現金は物理的に0円未満になり得ない)なので、税務調査ではまず最初に疑われるポイントの一つです。「どこかで売上を除外しているのではないか」「経費を水増ししているのではないか」という前提で細かく見られることになり、本来は単なる入力ミスの積み重ねであっても、疑いを晴らすための説明や資料集めに多くの時間を取られます。
3. 決算整理仕訳(期末特有の処理)を知らない
日々の入出金を記帳するだけでは決算書は完成しません。減価償却、前払費用・未払費用の計上、棚卸資産の評価など、期末にしかやらない処理があります。これらは自動連携の対象外なので、知識がないと存在自体に気づかず、素通りしてしまいます。
4. 開業時・年度途中の「届出」はソフトの外側にある
これが最も見落とされがちな部分です。freeeやMFは「入力した後の集計」は得意ですが、「いつまでに何を税務署に届け出るべきか」までは教えてくれません(リマインド機能はあっても、それぞれの届出が自分の状況に必要かどうかの判断は本人任せです)。次の章で扱う実例の多くは、まさにこの「届出の判断」が抜けたことによるものです。
実際にあった5つのケースと、その損失
ケース1:青色申告承認申請書を出しておらず、65万円の控除がまるごと消えた
個人事業主として開業届は出したものの、青色申告承認申請書(開業から2ヶ月以内、または適用したい年の3月15日までに提出が必要)を出し忘れていたケース。
freee・MF上では「青色申告」を選んで帳簿をつけ、複式簿記で貸借対照表まで作成していたにもかかわらず、税務署への届出がないため、税務上は自動的に白色申告として扱われます。結果として、
- 最大65万円(電子申告要件を満たさない場合は55万円)の青色申告特別控除が一切使えない (今後は最大75万円まで引けるようになります。)
- 赤字が出た年の損失を翌年以降に繰り越せない(青色申告のみの特典)
- 家族に払う給与を「青色事業専従者給与」として全額経費にできず、白色申告の専従者控除(配偶者最大86万円、その他親族最大50万円)という低い上限に縛られる
複式簿記で帳簿をつけていても、届出一枚を提出していなかっただけで、これらの特典はすべて使えなくなってしまいます。会計ソフトの画面に「青色申告に必要な届出を出しましたか?」という警告は表示されません。仮にそうした警告が出るようになったとしても、ソフトを導入するのは事業が軌道に乗り売上が立ち始めてから、というケースも多く、気づいたときには提出期限を過ぎていた……という事態は十分に起こり得ます。
ケース2:源泉所得税の「納期の特例」を知らず、延滞税と不納付加算税が発生した
従業員やアルバイトを雇い、給与から源泉徴収した所得税は、原則として翌月10日までに納付する義務があります。従業員が常時10人未満であれば「源泉所得税の納期の特例」を申請することで、年2回(1月・7月)のまとめ納付に変更できますが、これは自動適用ではなく、申請書の提出と承認が必要です。
この特例を知らないまま「そのうちまとめて払えばいい」と誤解し、毎月の納付期限を守らずに滞納していたケース。発覚のきっかけは税務署からの督促でした。結果として、
- 期限内に納付しなかった分に対する不納付加算税(原則10%、自主納付なら5%)
- 納付が遅れた日数分の延滞税
- 一度延滞すると、税務署側の管理対象になりやすく、その後の対応にも神経を使うことになる
「特例を申請していれば年2回で済んだはずの事務と納税」が、知らなかったばかりに「毎月の期限管理+ペナルティ」に変わってしまった例です。
ケース3:本来資産計上すべきものを経費で落としてしまい、税務調査で否認された
10万円以上の器具備品やパソコンなどは、原則として固定資産に計上し、耐用年数に応じて減価償却する必要があります(青色申告なら40万円未満は「少額減価償却資産の特例」で一括経費にできますが、年間合計300万円までという上限があります)。
10万円以上の取引であっても、freee上では「消耗品費」や「支払手数料」「外注費」などの経費科目として計上できますし、AIにそう推測されることもあります(なぜか「口座振替」と推測されるケースすらあります)。特に警告も出ずそのまま処理できてしまうため、仕訳を切った本人がルール違反だと気づかないまま放置されてしまうのです。
税務調査でこれが指摘されると、
- 本来資産計上すべきだった金額のうち、その年の減価償却費を超える部分が経費否認される
- 否認された分だけ所得が増え、追加の税金(本税)が発生する
- 過少申告加算税(原則10%、増差税額が多い場合は15%)と延滞税が上乗せされる
- 減価償却の計算をその後の年度にも遡って修正する必要が生じ、修正申告の事務負担が発生する
「経費にできると思っていたものが、実は数年に分けてしか経費にできなかった」というズレは、申告した年ではなく、何年か後の税務調査で一気に表面化するのが特徴です。
ケース4:仕訳がガチャガチャで残高が合わず、現金がマイナス——調査対応が長期化した
上で触れた「現金の管理漏れ」が何年も積み重なった結果、帳簿上の現金残高が実際の手元現金と大きく乖離し、最終的にマイナス残高で決算を組んでしまっていたケース。
税務調査では、帳簿の現金残高がマイナスになっていること自体が「簿外の売上や資金の存在」を疑わせる材料になります。こちらの事業者の場合、実際には売上除外などの不正はなく、単に按分ミスやレシートの入力漏れの積み重ねだったのですが、
- 過去数年分の通帳・レシート・請求書を洗い直して、ズレの原因を一つ一つ説明する必要が生じた
- 調査官が納得するまで調査期間が長引き、通常より多くの日数を対応に割くことになった
- 結果として大きな不正は認定されなかったものの、按分の考え方の誤りなど一部の経費が否認され、追徴課税が発生した
「不正はしていないのに、不正を疑われる帳簿になってしまっていた」というのは、自己流の記帳では起こりやすい落とし穴です。日々の仕訳が正しいかどうかを客観的にチェックする人がいないと、小さなズレに気づく機会がないまま何年も経ってしまいます。
ケース5:気づかないうちに消費税の課税事業者になっていた
こちらが一番怖いです。
消費税の納税義務は、2期前(基準期間)の課税売上高が1,000万円を超えると発生します。また、前年の上半期(特定期間)の売上高または給与支払額が1,000万円を超えた場合にも、課税事業者になることがあります。さらに、インボイス制度導入後は、適格請求書発行事業者の登録をすると、それだけで免税事業者から課税事業者に切り替わります。
こちらの方は、2期前の売上が1,000万円を超えていたことに気づかないまま、免税事業者のつもりで消費税を含めない申告を続けていました。税務署からの通知で発覚した時点で、
- 気づかなかった期間分の消費税をまとめて納付する必要が生じた(売上時に預かっていない消費税を、後から自己負担に近い形で捻出することになった)
- 無申告加算税(原則15%、納税額が多い部分は20%)と延滞税が加わった
- 資金繰りの計画に消費税分を織り込んでいなかったため、納税のための資金繰りに追われることになった
消費税は「利益」ではなく「預かった金額」という性質上、後から発覚すると資金繰りへの直撃が特に大きい税目です。本当にダメージがデカいです。基準期間・特定期間・インボイス登録の3つの判定を並行して追いかける必要があるため、判定を間違えたまま数年運用してしまうケースは珍しくありません。
ケース6:使えたはずの税額控除を使わずに申告していた
賃上げ促進税制や中小企業投資促進税制など、要件を満たせば法人税・所得税から一定額を直接差し引ける税額控除の制度がいくつかあります。これらは自動適用ではなく、申告書に所定の別表・明細書を添付して初めて適用されます。
こちらの事業者は要件(賃上げ率など)を満たしていたにもかかわらず、制度の存在自体を知らず、何も添付せずに申告していました。後から要件を満たしていたことが判明しましたが、
- 期限内申告で適用するのが原則の制度のため、後から更正の請求で救済できる範囲が限られる場合がある
- 結果として、本来払わなくてよかった税金を余分に払うことになった
これは追徴課税のようにペナルティが発生するわけではありませんが、「知らなかったために本来より多く税金を払っている」という、静かで気づきにくい損失です。
税理士がいないことで生じるリスクを整理すると
ここまでの例を、リスクの種類ごとに整理するとこうなります。
- 追徴課税リスク:届出漏れ・資産計上ミス・消費税の判定ミスなどにより、本税に加えて過少申告加算税・無申告加算税・不納付加算税・延滞税が発生する
- 資金繰りリスク:特に消費税は「預かり金」の性質上、後から発覚すると納税資金の確保自体が負担になる
- 信用リスク:帳簿の残高が合わない状態は、金融機関からの融資審査や、取引先からの信用にも影響し得る
- 機会損失リスク:使えたはずの控除・税額控除を使わずに、本来より多く税金を払い続けてしまう
- 時間・対応コストのリスク:税務調査が入った場合、帳簿が整理されていないほど、説明や資料集めに要する時間と精神的負担が大きくなる
これらに共通するのは、「間違った時点」ではなく「発覚した時点」でまとめて表面化するという点です。日々の入力は問題なく回っているように見えるため、本人が異常に気づく機会がほとんどないまま、数年分が積み上がってから可視化されます。
誤解してほしくないこと
ここまで税理士がいないリスクを並べましたが、いくつか補足しておきたいことがあります。
freee・マネーフォワード自体は優秀なツールです。 データ連携やAI仕訳の精度は、数年前に比べて格段に上がっています。取引がシンプルで、届出関係も一通り済んでいて、日々の按分ルールも理解している事業者であれば、税理士なしで十分に回せているケースも実際にあります。問題はツールの性能ではなく、「税法上の判断」を担う人が、意図せず不在になってしまっていることです。
「税理士をつければ全部解決する」という単純な話でもありません。 税理士に依頼していても、事業者側が経費の実態を正確に伝えていなければ、結局同じミスは起こり得ます。大切なのは、自分の事業がどのくらい判断の難しい要素(従業員の有無、固定資産の取得、消費税の課税事業者判定、税額控除の該当有無など)を抱えているかを、まず自分で把握することです。
自分の状況を確認するためのチェック項目
税理士をつけるかどうかを判断する前に、まず次の点を自分で確認してみることをおすすめします。
- 開業から2ヶ月以内(または該当年の3/15まで)に、青色申告承認申請書を提出したか
- 従業員に給与を払っている場合、源泉所得税の納付方法(毎月/納期特例)を正しく把握し、届出も出しているか
- 10万円以上の設備・備品を購入したとき、資産計上と経費計上の区分を金額基準に沿って判断できているか
- 現金出納帳をつけており、帳簿上の現金残高と手元の現金が一致しているか
- 直近2期の課税売上高、また当年上半期の売上・給与支払額が1,000万円を超えていないか(超えていれば消費税の課税事業者)
- 賃上げ促進税制など、自社が対象になり得る税額控除の制度を把握しているか
これらに一つでも「わからない」「たぶん大丈夫」という項目があれば、それは記帳の巧拙の問題ではなく、判断を担う専門知識が必要な領域に踏み込んでいるサインです。ツールを使い続けるにしても、少なくとも一度、現状の届出関係と帳簿を専門家にチェックしてもらう価値はあると思います。


